散髪/オノテツ

散髪に行き、いつもより少し短めにしてもらったら、自分で言うのも気が引けるが、なかなかの好青年に生まれ変わった。
気が引けるなら言わなければいいのだが、誰も言ってくれないから自分で言うしかない。
自分で言っているうちに、それが徐々に世間に浸透し、やがて「散髪したオノテツは好青年」という説がまことしやかに語られだす。
するとそのうち、どこかで誰かに「散髪して好青年になりましたね」と声をかけられるだろうが、そのときになってはじめて、「いやぁ、それほどでも...」というオトナの対応が可能となるのだ。
今はそのための布石を打っているところで、いわば種を蒔く時期である。


だが、散髪したての髪の毛は雨後のタケノコのように成長が早いから、こうして好青年でいられるのも束の間のことだ。
ウワサが広まる前に、元のむさくるしいオッサン姿に戻っている可能性が高い。
せっかく蒔いた種も芽を出すことなく、水のアワと化して下水に流されるのみ。
哀しいが、精子をはじめとする「種」のほとんどは、目的を達することもできずにあっけなく消える運命にある。


水のアワといえば、散髪後にはちゃんとシャンプーをしてもらい、刈られた髪の毛を加齢臭とともに一気に洗い流した。
そのときは稲刈りの後のように爽やかだが、問題はそのさらに後で、頭髪にベタベタと糊のようなものを塗りつけられる。
これが良くない。
あれはいったいどこの部族がはじめた風習なのか、整えた髪をぐしゃぐしゃに崩して、ぐしゃぐしゃのまま固定してしまう。
しかも、その糊が天然の布のりでもでんぷんでもなく、妙な化学物質を使ったニセモノの糊で、段々と頭皮や顔、手が痒くなってくる。
洗髪したばかりというのに痒くてたまらないから、家に帰ると再びシャワールームで頭を洗う。
何だか無駄に思えて仕方がない。


もちろん、ヘンな糊をつけられる前に必要がない旨伝えればいいだけの話だが、床屋なり美容院の特殊な椅子に座って身動きが取れない状態でいると、言葉を発するタイミングがなかなか難しい。
この話は長くなるので別の機会に譲りたいが、髪が伸びてしまえばそんなこと覚えていないだろうから、はたして別の機会がいつ訪れるか、はなはだ不明である。