濡れる/オノテツ

関東地方に台風が接近中とのウワサを耳にしたから、7時ころには仕事を切り上げてとっとと帰ろうと思っていたら、その矢先に「それが終わったらちょっとだけ手伝ってくれる?」と声をかけられる。
一瞬躊躇したが、自分よりはるかに長い道のりを帰らなければならないはずの女性がまだ残って仕事をしている。
ここで先に帰ったらオトコがすたるなどと余計な気を回し、別にシタゴコロがあるわけではないのだが、ちょっとだけ手伝っていくことにした。
ところが、手伝っているうちに雨と風がどんどん激しくなってきて、不安が高まる。
まぁ、電車に関しては動かなくなったら泳いで帰ればいいだけの話だからあまり気にしていない。
それより何より気がかりなのは、クルマの窓がちゃんと閉まっているかということである。
それが気にかかって仕事に身が入らない。


先週、土砂降りの夜があった。
そのとき、傘を持たずに仕事に出ていた哀れな子羊を迎えに行くことになり、いそいそとクルマに乗り込むと、どういうわけかドアの内側がびしょびしょに濡れている。
あろうことか手をかけるくぼみのところに水が溜まっていて、ドアを閉めるとちゃぽんとはねる。
気がつくとシートもずぶ濡れで、ズボンからパンツへと徐々に湿気が伝わっていくのがわかる。
大雨の中、窓を開けはなしたまま放置していたのである。
あわてて社内に侵入した雨水をタオルで吸い取るが、シートにしみ込んだ水分はどうにもならない。
仕方がないからバスタオルを2枚、尻の下に敷いて運転した。


子羊のもとにたどり着いたころには雨が上がっていて、オレのキュートな尻はまったくの濡れ損であった。
だが、迎えに行くことにならなかったら、おそらくその後もずっと窓が開いていることに気づかずに過ごしていただろう。
そう考えると、尻の一つや二つ濡れたくらいどうってことない。
ちなみに助手席は無事に雨が浸入していなかったから、彼女の尻は濡れずに済んだわけで、濡れたのは「一つ」だけである。
いや、割れ目があることを考慮すれば、左右両方とも濡れたから「二つ」ともいえる。
どっちにしてもオレのものだから、どうってことない。