気長/オノテツ

母はこの時期、ニュースで渋滞の様子が映し出されると、とても嬉しそうな顔をする。
なんとも人の悪い話だが、その遺伝子は確実に息子に受け継がれたようで、オレもやはり渋滞の映像が流れるとワクワクしてしまう。
24時間渋滞の様子ばかりを伝える番組があったら、きっと親子で見続けたことだろう。


それほどまでに気長なオレだが、先日めずらしく、いわゆるスッポカシというものを食らった。
知り合いのダンサーさんとオブジェ作家さんと三人で食事をする約束をしていたのだが、時間になってもダンサー女史が現れないのである。
30分が過ぎ、40分が過ぎたが、いっこうに姿をあらわさない。
時間前から来ていたオブジェ作家のIさんは、オレに負けず劣らず気長な人で、来ませんねぇなどと言いながらも、次の行動に移る気配は見せない。
45分が経過しても、二人のオッサンが並んでぼんやり立ち尽くす図に変化はなかった。


このまま1時間でも2時間でも待っていられそうな気がした。
それだけ待てば、駅の階段を踊りながら下りてくる女史の幻影を拝むことができるかもしれない。
ついでに歩いている人たちも皆、女史を取り囲むようにめいめい勝手に踊り始め、かつてのスパイクジョーンズのヴィデオのように唐突なダンスシーンが展開されれば痛快この上ない。
待ち続けた甲斐があったというものである。


ところが、そんな痛快な想像をしたせいか、不覚にもウンコがしたくなった。
気長なオレでもさすがに便意には勝てない。
日本には「長いものには巻かれろ」というロックンロールなことわざがあるが、公衆の面前でトグロに巻かれるのだけは勘弁である。
というわけで、無念ではあるが50分が経過したところでギブアップして、健闘をたたえあいながらシズシズと駅をあとにした。


そういえば、母は渋滞の映像を見ると必ず、こんなときにトイレに行きたくなったらタイヘンなのよねぇ、と言うのだった。
子どものころからそれを聞かされ続けたオレは、ウンコを燃料に走るクルマの絵を描いて、図工の先生にホメられた覚えがある。