気分/オノテツ

7時半帰宅、8時就寝、17時起床。
久しぶりに家にいられるから、何だかんだと言っては締め切りを延ばしてきた仕事を片付けようと企んでいたのだが、なかなかその気になれず、部屋の真ん中に積まれた新聞を手に取ってはぱらぱらと流し読んでいる。
ならばカイロプラクティクにでも行って、一撃を見舞ってもらえば気分もすっきり晴れるだろうと考えるが、駅まで出かけていく気力が無い。
だから、とりあえずいつもの飲み屋に行くことにした。


店の前に着くと外にも聞こえるくらいに人の声がしていて、さぞかし賑わっているのかと思ったら、声が大きい人のグループが二組いるだけで席はたっぷり空いている。
両グループの間に挟まるように座るとステレオ効果で酒がよく回るかと思ったが、実際にはただうるさいだけで、酒の回り方はいつもと何ら変わったところが無い。
板さんが特大のホヤがあるよと教えてくれたので注文する。
出てくるまでビールをカパカパとあおっていると、店主が嬉しそうな顔つきで何やら紙切れを持ってきた。
またいつもの蔵元を回るツアーのお知らせかと思ったら、テレビ制作会社の企画書のコピーである。
聞けば、東京の居酒屋を紹介する番組で取り上げられることになったそうで、来週その撮影が入るとのこと。
「ヒマだったら来てよ。お客さんたちと話しながら飲んでるところを撮りたいんだってさ」。
ガラガラ声でせっかちに喋る店主は案外芸能界好きで、テレビの人が来たりすると大喜びなのだ。
店の中にはかつて某人気番組のロケが来たときの写真が貼られていて、中山某、松本某、河合某らと肩を並べ、色黒の店主がにこやかな顔で収まっている。
店を売り込もうという下心は一切感じられず、純粋に芸能人が好きなことがひしひしと伝わってくる写真で、それはそれで好感が持てる。
やれ取材はお断りとか、やれ禁煙だとか、やれ食べる順序が違うだとか、こだわりを持って居丈高に振舞う店よりはるかに気持ちがいいではないか。


レバーと砂肝をビールで胃に流し込み、特大のホヤとなめろうを酒とともにチビチビつついて、最後になぜか自家製のシャーベットまでサービスされ、ちょっとだけ仕事をする気分になった。
早速家に帰って原稿の束に立ち向かうが、実際に書き始めたのが夜中の1時で、終わったのが3時。
明日は午前中から最後のデータ校正があり、おそらく24時間労働になるから早いところ寝てしまいたいのだけど、書評を書いた後は気分が高揚してしばらく眠れない。
茶を飲んで落ち着かせているうちに、あっという間に午前4時である。
気分というやつはまったく思い通りにならないもので、ときどきシャクにさわる。