「シニタクナイ」ということ/コジマ

祖父が死にそうだと言うので今生の別れを言いに熊本に行ったのだが、一時は完全に危篤状態だっとというのに不死鳥のように蘇り、いつの間にか血圧136-73、体温36.4、酸素飽和度97という、俺よりも健康な状態になりやがったので、仕事も詰まっていることだし翌日東京に帰った。


祖父の具合がかなり悪く、多分この夏は越せないだろう、という話はちょっと前から聞いており、それなりに覚悟というか心の準備はしていたはずなのだが、危篤の知らせを聞いた時は何とも言えない気持ちだった。
その知らせを聞いたのは木曜日で、俺は某編プロに仕事の打ち合わせに行く途中だったのだが、行ってみたら打ち合わせというよりブレストで、詳しい話はまだ言えないのだが俺は何故か気が付いたらエロ路線をやりたいと言う事を強く主張していて自分でも驚いた。
そんなにエロ仕事に燃えているかというと決してそうではなかったので、多分「祖父危篤」の報が何らかの影響を及ぼしていたのだと思う。
この仕事、決定したら面白い事になりそうなので、決まったらそのときにでも又再度お知らせします。
ちなみにこの会社では、俺は「パンクロッカー画伯」と呼ばれていたのだが、この会議の途中から「エロ将軍」と呼び名が変わってしまった。
エロはわかるが将軍はどこから来たのか。
まあいい、「パンクロッカー画伯」よりも「エロ将軍」の方が100倍かっこいいし。


さて祖父の話。
祖父は先月の後半から肺炎に罹って入院していたのだが、木曜朝にいよいよ危なくなり、主治医から「あと1日もつかどうかだから、今すぐ会わせたい人を呼びなさい」と言われる程だったらしい。
ところが木曜の夕方から持ち直し、金曜に俺が会った頃には筆談で冗談(というか嫌み?)を言える程度までに回復。
いや、年寄りというのは地力が今時の若い衆とは全然違う、というのを再確認した次第である。
生に対する執着も凄い。
もうすぐ七夕と言う事もあり、入院患者に短冊を書かせていた様なのだが、その際ほぼ危篤状態だった祖父が書いた台詞が
「ネガイゴト シニタクナイ」
である。
スゲエ、かなわねえ、と思った。
次に書いた短冊が
「宝クジガ アタリマスヨウニー」
である。
やるなあ。


祖父はもう94であり、連れ合いにはとっくに先立たれ、足腰も立たず、商売も失敗し、楽しみはと言えば酒を飲むことだけだったのだが(一日6〜8合飲んでいたらしい)胃潰瘍だし今回罹ったのは嚥下性肺炎なので多分今後死ぬまで酒は飲めない。
でも「シニタクナイ」と言えるのである。


俺たちが普段本やドラマの中で観る、寝たきりになった患者は、いつも「死にたい」と願う。
「こんな体になってしまった私は、はたして生きていると言えるのか」と言う。
答えがわかった。
充分生きてますよ。
きれいに死ぬのが人間の尊厳だ、というステロタイプなものの見方は捨てた方が良い。
それはインチキだ。
いや、そういう価値観が有っても良いが、皆が皆そうだと思うのはファシズムである。
何だろうあれは、誰かが何か企んでやがるのだろうか。
俺は多分、一昨日昨日と、リアルな何を見た。
熊本までの往復に7万円かかったが、それだけの価値はあったと思う。


今日母に祖父の様子を電話で訊いた。
「酒が飲みたい、て我が儘言いよる」
と、母はため息まじりで言っていた。
お疲れ様です。


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来週の当番はカンガワさんです。