無題/オノテツ

11時、散髪に行き、髪をやや短めに切ってもらう。
いつも担当してもらっているTさんに、明日は結婚式だからと告げると、驚いたような呆気にとられたような何ともいえない表情をされた。
それはおめでとうございますと一言添えつつ、やはり怪訝な表情でぼさぼさな髪にハサミを入れる。
おそらく結婚式の前日ともなれば、当の本人はもう少し何とかなっているのが普通なのだろう。
何とかなるというのは、何がどうなるとは明確に言えないが、結婚オーラみたいなものが発せられたり、あるいは逆にテンパってたりと、非日常的な顔に変っていてもいいはずだ。
オレは結婚式どころじゃないほどにやることがたくさんあって、たぶんぜんぜんいつもと変っていない。
髪でも切らなきゃ、まったく普段どおりに明日の朝を迎えてしまう。


13時、出来たてほやほやの指輪を取りに行く。
恵比寿にある小さなアクセサリー工房。
オーダーしに訪れたのが今から三週間前で、そのとき接客してくれた店員さんに三週間後に挙式であることを伝えると、椅子から転げ落ちんばかりに驚かれた。
「うちでは最低でも二ヶ月の期間をいただいているんです。とても間に合わないから、他の大きな店を探されたほうが・・・」と、半分申し訳なさそうに、半分哀れみをこめて言われたが、それでも一応、可能かどうか検討するとの前向きな返事をいただき、ご検討いただいた結果、ぎりぎり間に合うということになった。
もし間に合わなければ、オレも相方も大手のアクセサリー屋にはまるで興味がなかったから、結婚式では指輪の交換をしたふりをするという、いわば「エア指輪」の交換という新手の儀式で誤魔化すつもりであった。
「この指輪、心がきれいな人だけに見える特殊な指輪なり」などと言って、ウヤウヤしく取り扱えば、150人の招待客のうちのおよそ1割は騙される。
残念ながら指輪が間に合ってしまったので、心がきれいな人でも汚い人でも、誰にでも見える「ふつうの指輪」の交換になってしまった。


15時、吉祥寺のスタジオでニュートレド最後のリハ。
今日はホントにちょこっと顔を出すだけ。
メンバーの衣装が足りなかったので、ひとり分だけ貸衣装屋に発注しており、それが無事に到着したかどうか気になっていたのだ。
案の定、まだ届いていないとのことで、念のため京都の貸衣装屋に確認する。
ネットで見つけた激安の貸衣装屋だが、対応が実に誠実で丁寧で恐れ入った。
ゆうパックの配送状況を調べてくれて、いまどの地点にあり、どのような状況になっていると詳しく教えてくれる。
安心したが、まだモノを受け取ったわけではないから、はたしてどんな状態の品物が届くのか、心配のタネは残っている。
とはいえ、この店ならきっと大丈夫と思わせるような立派な対応であったことは事実だ。
それは商売人としては大事なことで、たとえ虫食い跡で穴だらけのタキシードが届いたとしても、今回は運がなかったなと思い諦め、また次回チャレンジしようという気にさせてくれる。


17時、相方の両親と妹が東京に出てきたので会合する。
家の近くの料理屋で夕食を共にした。
21歳の妹が、我々ふたりをイメージして作ったという犬の人形をプレゼントしてくれたのだが、一匹は花嫁姿でレースのベールをかぶり、一匹は蝶ネクタイを花で飾ったようなリボンを首に巻いている。
お父さんが、ふたりの特徴がよく出ているとほめている。
たしかによく出来てるのだが、ひとつ大事なことを忘れてはいないか。
花嫁姿の犬はいいが、もう一匹のほうは、どこからどうみても42歳の老犬には見えないのである。
むしろ必要以上にヤングな印象だが、21歳の若者にとって、29歳の姉も42歳の兄もさして変わりはなく、自身が抱くロマンチックな結婚観にそって、我々は単に登場人物のひとりとしてイメージされているのかもしれない。
それならそれで、こちらとしては実にありがたい話であるから、歳のことには触れずそのまま放っておいた。


20時、パーティー会場に行き最終確認をする。
我々ふたりの生い立ちと、馴れ初めを紹介するDVDの制作を友人の映像ディレクターWさんに依頼しており、忙しい合間をぬって作っていただいたのだが、本番前に一度試写したいとのことで、急遽会場側にお願いして試写会を執り行うことになった。
その出来栄えはというと、短い期間で、しかも写真などがとっ散らかったまま整理されていない状態で、よくまぁこれだけクオリティーの高いものを作ってくれたと感心させられるばかり。
プロの仕事っぷりを見せつけられた気がする。
プロの仕事といえば、DVDの中で使うイラストをコジマくんにお願いしたのだが、たったの2日で10数点のイラストを、これまた実に高い完成度で仕上げてくれて驚嘆した。
このふたりのほかにも、スナップ撮影をお願いしているO嬢やSさんなど、プロフェッショナルな方々の技と力に支えられて、明日のパーティーは成立する。
それを台無しにして水疱に化すのがオレの役目だから、いよいよ気が楽で仕方がない。


22時半、帰宅して明日の準備をする。
準備といっても、式の準備などは別段する必要もなく、むしろパーティーが終わったあとに出発する新婚旅行の準備が主である。
それも、下田に一泊するだけのプチ家出みたいなものだから、着のみ着のまま行って、酒を飲んで温泉につかってくればいいだけだ。
そんなわけで、準備などはものの数分で終わり、あとはいつものようにネットでエロサイトをサーフして、眠くなったら床に就いた。


25時、就寝。
明日は8時入り。
天気予報はもちろん雨。